稲むらの火 – ほくせつ親子防災部
北摂の親子がいまできること
ほくせつ親子防災部

稲むらの火

和歌山県広川町、南広小学校にお招きいただいたので、
【稲むらの火】の教訓を学ばせていただきました。

1854年、安政南海地震津波が紀州広村(現在の和歌山県広川町)を襲いました。
高さ約5mの大津波が村を襲った際、
浜口梧陵(当時35才)は暗闇の中で逃げ遅れていた村人を、
「稲むら」に火を放って高台にある広八幡神社の境内に導き、多くの命を救いました。
その後、百年後に再来するであろう津波に備え、巨額の私財を投じ、
海岸に高さ5m、長さ600mの広村堤防(防波堤)を築き、
その海側に大量の松を山から移植し強固なものにしました
約4年間にわたるこの大工事に村人を雇用することで、津波で荒廃した村からの離散を防いだとのことです。
(内閣府HPより)

まずは【稲むらの火の館】。
2018年5月に日本遺産に認定されました。

津波防災教育センターで、様々なことを学べます。

ペッパーくんによるクイズ

稲むらレンジャーになるためのゲーム

「応急」「復旧」「予防」の3種類をクリアしたら認定証がもらえます。

3Dシアターでは、津波避難シュミレーションと、稲むらの火の物語を上映。

その他、様々な展示や資料で学ぶことができます。

全ての展示が撮影OKでした。

心にぐっと来たのが、浜口梧陵さんが津波から村人を救っただけではなく、
私財を投じて堤防をつくる事業を起こし、
村人が村を離れずにすむように「自分たちの手で100年先のふるさとを守ろう」と行動をされたことです。

堤防は今も大切に守られています。

目の前は海。

稲むら。これに火を放って、津波の後、真っ暗な中で取り残された村人の高台までの道しるべにしたそうです。

人々が避難した神社「廣八幡神社」(国重文)への道。

宮司さんからいろいろとお話を伺いました。

浜口梧陵碑は、勝海舟によるものだそうです。

神社高台からの風景。

「稲むらの火」は、数々の教科書で紹介されています。

あ!宮司さんも!

お話を聞かせてくださりありがとうございました!!

広川町では500人を収容できる避難施設「まもるくん」も2017年に建てられました。

スロープを上がっていくとより高く避難できます。

まち全体で過去の教訓をしっかりと語り継ぎ、活かされているのを感じました。


避難3原則
・想定にとらわれない
・最善を尽くす
・率先避難者になる

今ある命だけではなく、未来の命も、今、守る。

その精神を学ばせていただきありがとうございました。

稲むらの火 紙芝居

Comments (2)
  1. 溝端久輝子 より:

    兵庫県になっています。和歌山県ですね。

    1. 辻由起子 より:

      溝端さま

      教えてくださりありがとうございます!
      訂正しました

溝端久輝子 にコメントする コメントをキャンセル

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